札幌地方裁判所 昭和52年(わ)1217号 判決 1978年5月29日
主文
被告人を懲役五月に処する。
未決勾留日数中右刑期に満つるまでの分を右刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、すでに有効期間が経過している昭和五二年五月二七日付け日本交通公社札幌南一条支店発行の日本国有鉄道東京周遊券No.〇〇五二五B券(東京札幌間)につき、その発行日を「52・10・13」と日付スタンプで変更し余白部分に「10月19日から有効」「交札幌南」と刻した印をそれぞれ押捺して有効期限が同年一一月一日までであるように偽造した周遊券一枚、及び同様有効期間が経過している同年七月二九日付け右支店発行の日本国有鉄道東京周遊券No.〇〇五四四B券(東京札幌間)につき、その発行日を「52・9・27」と日付スタンプで変更し余白部分に「10月18日から有効」「交札幌南」と刻した印をそれぞれ押捺して有効期限が同年一〇月三一日までであるように偽造した周遊券一枚を、これがいずれも偽造にかかる周遊券であることを知りながら
1 昭和五二年一〇月三一日午後一一時前ころ、東京都千代田区外神田一丁目一七番の六所在の国鉄秋葉原駅において、甲野花子を同伴して同駅改札口を通過するに際し、同駅改札係員関口清に対し、被告人及び前記甲野花子の分として前記偽造にかかる周遊券二枚をいずれも真正に作成されたもののように装って一括呈示して行使し
2 同年一一月一日午後五時一五分ころ、北海道函館市若松町一二番一三号所在の国鉄函館駅において、同駅一七時三〇分発札幌行き急行列車(すずらん三号)に乗車中、同駅構内で同列車乗務員佐藤広雄から車内改札を受けた際、同人に対し、被告人及び前記甲野花子の分として前記偽造にかかる周遊券二枚をいずれも真正に作成されたもののように装って一括呈示して行使し
3 同日午後一〇時一五分ころ、札幌市中央区北五条西四丁目二番の四所在の札幌駅において、同駅改札係員高正敏男に対し、被告人及び前記甲野花子の分として前記偽造にかかる周遊券二枚をいずれも真正に作成されたもののように装って一括交付して行使したものである。
(証拠の標目)《省略》
(弁護人の主張に対する判断)
一、弁護人は、本件公訴事実は偽造有価証券行使罪となっているが、その実質はいわゆる不正乗車であり、通常の場合不正乗車程度の軽微事案で逮捕勾留起訴されることはなく、本件は、被告人がいわゆる中核派に所属して狭山事件裁判闘争等の政治活動をしていることを理由に検察官が右政治的思想的活動を弾圧するためにした差別的政治的起訴であり、公訴権の濫用であると主張するが、本件は、判示のとおり、東京札幌間という極めて長距離で多額な二人分の運賃の支払を免れる目的で巧妙に偽造された国鉄周遊券二枚を駅改札係員らに呈示行使したという事案であって、弁護人指摘の短区間、少額の運賃支払を免れる目的の単なる不正乗車とは犯行の手段、態様、法益侵害の程度をまったく異にし、その実質的違法性は重大であり、本件の起訴が被告人の政治的活動の弾圧を目的としたものとは認められないから、右公訴権濫用の主張は理由がない。
二、次に、弁護人は、被告人は秋葉原駅において本件各周遊券を呈示行使した事実はなく、また札幌駅において本件各周遊券を交付行使した事実もないと主張するので、以下に判断する。
1 まず秋葉原駅における周遊券呈示の有無についてみるに、被告人は当公判廷において、同駅改札口通過に際しては、同駅切符売場で、被告人は六〇円の乗車券を、甲野花子も乗車券(金額不明)をそれぞれ購入したうえ、各自これを改札係員に呈示したのであって、本件の周遊券二枚を被告人が一括呈示した事実はない旨供述する。
しかし、被告人の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によれば、被告人は捜査段階においては司法警察員及び検察官の各取調べを通じ、一貫して右改札口通過に際して被告人が本件周遊券二枚を一括呈示した事実を自白していた事実が認められる。被告人は当公判廷において、右自白は、甲野を事件に巻き込まないための同女をかばった虚偽の供述であると弁解するが、右自白については、何ら任意性に疑いがないばかりか、前掲各証拠によると、被告人は、札幌を出発するときから、帰路は、本件周遊券を使用して乗車する意図でこれを所持していたものであること、同周遊券は東京都内各駅からの乗車が可能であり、従って、被告人が秋葉原駅と上野駅間の乗車券をわざわざ買い求める必要がなく、しかも被告人は右購入した乗車券の処分について、途中で捨てた等と不自然な弁解をしており、甲野も同様に右事実につき明確な記憶を有しないことからみて、乗車券を購入したとの被告人の右弁解は信用し難いこと、同行者の甲野は、周遊券呈示の事実につき当公判廷においては必ずしも明確な供述をしていないが、同女の検察官に対する昭和五二年一二月二一日付、同月二六日付各供述調書においては、秋葉原駅において、被告人が本件二枚の周遊券を改札係員に呈示して通過した旨供述しており、右供述内容は、同女が当公判廷において断定することを避けながらも、同駅切符売場において財布から金を出した記憶がないことや改札口通過に際して切符の入鋏のために立ち停ったことがないことやその他の全体的感じから被告人が同女の分を含む二枚の周遊券を改札係員に呈示して駅構内に入った印象が強いと供述していることに照らしても十分信用できるものと認められること(なお、弁護人は、同女の検察官に対する同月一一日付供述調書中に、「私はこの駅で切符売場の前に立った記憶がありますのであるいはここで一番安い切符を買って駅の構内に入ったかも知れません。このところの記憶があまりはっきりしていないのです。」との供述記載があり、右供述の時期や内容からみて、その後の検察官に対する供述や当公判廷における供述は信用性がないと主張するが、右供述記載においても、同女は乗車券を購入して改札口を通過したといっているわけではなく、その点に関する記憶が明確でないというのであり、その後同女が更に記憶を整理し、あるいは取調官と同行上京して現場に臨み記憶を喚起した結果、前記のとおり検察官調書において供述を変更した事実が認められるから、右供述の内容及び変遷の経過に照らし、前記二通の検察官に対する供述調書や当公判廷における供述はその信用性が十分であると思料する。)、本件各周遊券には入札のハサミが入っていないが、周遊券B券の場合には前記のとおり東京都内各駅からの乗降が自由になっていることから、改札口通過に際し実際には必ずしもこれにすべてハサミを入れる取扱いがなされているわけではなく、右入鋏のないことをもって改札係員に対する呈示行為がなかったことの証左とすることはできないこと、被告人の当法廷における弁解内容には不自然、不合理な点が多く、その供述態度とも相俟って真実を供述しているものとは認められないこと等の事実が認められ、以上の諸事実を総合すると、被告人の前記自白には十分信用性が認められ、被告人が本件各周遊券を秋葉原駅改札係員に呈示行使した事実は優にこれを認めることができる。
2 札幌駅における本件各周遊券交付の有無についてみるに、前掲各証拠によれば、被告人と甲野の両名が札幌駅改札口を有効期限の徒過した入場券を交付して通過しようとしたことから、改札係員の高正敏男にその期限切れであることを発見されて同駅事務室に同行を求められ、同所において事情を聴かれたときに、同人から「他に切符はないですか。」といわれ、これに対して被告人が被告人と甲野の両名分の切符を所持しているとして本件の周遊券二枚を交付した事実が認められ、右の事実によると、改札口通過の際でないとはいえ、不正乗車の疑いで駅事務室で係員から事情聴取を受けた際に正規の有効な切符を所持しているとして本件各周遊券を交付したものであり、その用法にしたがって真正なものとして使用したものであるから、これが刑法一六三条一項の偽造有価証券の行使にあたることは明らかである。
三、以上のとおり、弁護人の右各主張はいずれもその理由がないから採用することができない。
(法令の適用)
被告人の判示各偽造有価証券を三回にわたり行使した行為は各枚につきいずれも包括して刑法一六三条一項に該当するが、右の各偽造有価証券の各一括行使は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、同法五四条一項前段、一〇条により結局以上を一罪として犯情の重い国鉄東京周遊券B券No.00544に対する罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役五月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち、右刑期に満つるまでの分をその刑に算入し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させることとする(なお、検察官は、右三回の各呈示及び交付行為を併合罪の関係にあると主張するもののようであるが、本件は、偽造周遊券の行使事案であって、その目的は、乗車駅から降車駅までの運賃支払を免れるための不正乗車にあったこと、右周遊券は、途中で列車や連絡船等の乗り継ぎがあるとはいえ、全区間を通して一枚の通し切符になっており、被告人らは途中下車等の行為には出ていないこと、判示事実のうち1の行為は乗車駅の改札口通過の際の切符の呈示行為であり、同2の行為は途中駅構内列車での車内検札の際の呈示行為であり、同3の行為は、降車駅の改札口を不正入場券で通過しようとして駅係員に呼びとめられ駅事務室に同行を求められて乗車券の有無を尋ねられた際の交付行為であり、右いずれの行為も不正乗車の目的を達するための手段として為されたものであること、本件では起訴になっていないが右不正乗車の点が詐欺として起訴されておれば、右各行使行為と詐欺とは手段結果の関係にあり牽連犯として一罪処断されるものと考えられることなどを総合すると、右各別の周遊券につき三回にわたり呈示や交付行為があっても、判示事実関係のもとではこれを包括して一罪として評価するのを相当と解する。)。
(量刑の事情)
本件は、判示のとおり被告人が偽造にかかる東京札幌間の国鉄周遊券二枚を行使した事案であるが、右区間の被告人と同伴者の二名分の多額な運賃の支払を免れる目的で周遊券の制度を利用した巧妙な知能的計画的犯行でその犯情は悪質であり、また本件が前刑の執行猶予期間中に敢行されたものであること、その後の反省の態度も見受けられないことなどを考えると、被告人の刑事責任は決してこれを軽視することができない。しかし、他方本件有価証券の種類は国鉄の周遊券というそれほど流通性の高い証券ではなく、その券面額も運賃としては多額とはいえ一枚につき一万三四〇〇円であること、不正乗車については三倍の割増賃を支払済みであること、罪数についても前記のとおり包括一罪と認定したこと被告人の未決勾留日数は審理に必要であったとはいえ約五か月余に及んでいることなど被告人に有利な事情もある。以上諸般の情状を考慮すると、被告人に対しては再度の刑の執行を猶予するのは相当でないが、主文の刑を量定したうえ未決勾留日数をその刑期に満つるまで算入するのが相当であると思料する。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 上原吉勝)